いつも莫迦な話を書いていると、「コイツは何しにアメリカに行っているのだ?」「この穀潰しが!」と思われそうですので、たまには環境法の話をしなければ、と思い立ちました。(「早速書くネタがねえよ、そうだ、教科書のネタで誤魔化しとけばいいや」、と思ったワケでは全然ないですよ?)
とはいえ、真面目に書こうとすると、自分の勉強不足が露呈するので、エピソードを交えて、自分の雑感をつらつらと書き連ねていきたいと思います。
記念すべき第一回は、ネイティブ・アメリカンのお話。
~以下テキストからの引用~
1966年頃、アポロ計画(※有人による月面着陸計画)に携わっていたNASAのチームは、ナバホ族の居留地の近くに、月面によく似た環境の場所を見つけ、月面着陸の訓練を行っていた。巨大な移動機器ととも、月面用の宇宙服を着た大型の奇妙な生物がよたよた歩いていくのを、近くのナバホ族の羊飼い親子が眺めていた。
たまたま、NASAの職員が彼らに気付き、近づいて話しかけた。羊飼いの父親は英語が分からなかったので、息子が英語で、「いったいあの奇妙な生き物はなんなのか」、と尋ねた。その職員は、あれは人間で、月に行く準備をしているのだ、と答えた。それを聞いた父親はとても興奮し、飛行士達とともに、自分のメッセージを月に送ってもらえないか、と尋ねた。
NASA職員は、それはとても良いアイデアだと思ったので、ごそごそとテープレコーダーを取り出した。父親がメッセージを吹き込んだ後、その職員は息子に意味を教えてくれと頼んだが、息子はいやだと言った。
その後、NASA職員は他のナバホ族にも英語に訳してくれるよう頼んだが、皆、クスクス笑いながら断わるのだった。最終的に、いくばくかのお金を握らせて、ようやくメッセージを訳させることが出来た。
「この男たちに気をつけろ! こいつらはお前たちの土地を奪いに来たぞ!」
~引用終わり~
アメリカという国は、千年以上の昔から住み続けていたインディアン(ネイティブ・アメリカン)の土地を奪い取って建国された、という原罪を背負っています。
いささか単純に過ぎる帰結かも知れませんが、この国が世界でトップクラスのレベルの自然公園を有し、自然保護に熱心なのは、そうした負い目、あるいは贖罪の裏返しなのかも知れません。
少なくとも、ネイティブ・アメリカンの聖地や儀式などは、現在、法的に手厚い保護を受けており、開発を巡る環境訴訟でも、ネイティブ・アメリカンの聖地に関わるものが数多く見られます。
国際的な観点からも、いわゆる原住民族(Indigenous people)とそのコミュニティが、環境保全において重要な役割を担っていることが謳われています(e.g., リオデジャネイロ宣言、Principle 21)。なぜなら、彼らはその知識と伝統的な経験によって、自然と調和する術を身につけているからです。
私見としては、原住民族の保護イコール自然保護、という単純な見方にはいささか違和感があります。例えば、原住民族の中に、文明の機器を導入して生活を便利にさせたい、と思う民族がいてもおかしくないし、それは責める筋合いのものでは全くないのですが、そうして変質した民族は、もはやかつてのように現地の自然と調和した生活を送ることは難しくなります。他方で、「原住民族の伝統的な生活こそ価値あるものであり、文明の機器に毒されてはならない。」と求めるのは、それこそ進歩的文化人(と称する人達)の独善というものでしょう。
とはいえ、原住民族と環境保護が、非常に密接な関わりを有していることは、アメリカのみならず、国際社会でも認知されつつある訳です。
さて、翻って、日本ではどうでしょうか? 実は日本にも原住民がいます。例えばアイヌ民族の方ですね。実は日本でも、アイヌ民族の聖地を巡って環境訴訟が起こされたことがあります。その話はまた別の機会にでも。
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