私は夢を見ていたのかも知れません。
確かに、今は英語が下手かもしれない、だけど、アメリカに留学すれば、英語がみるみる上達するだろうと。
ジョージ・ワシントンに出願するため、TOEFL(留学のための英語力を図る国際的な試験)を受けることとしたのは、留学してから半年以上も過ぎた頃でした。留学した当初は、大学の授業にも生活にも大変苦労したものですが、その頃には、もうすっかりアメリカ生活にも慣れ、「ふふん、オレも少しは英語がデキる男になったんじゃないのか」、とちょっと慢心していたものです。
で、表面上は「いや~、全然英語が上達しなくて~」と言いつつ、内心「さすがに結構上達しているに違いない。」と思って受けてみると、さすがに点数も少しは・・・伸びてねえ! 特に会話パートが致命的。30点満点で、普通、ロースクールに必要な点数は22点とか23点なんですが、びっくり、15点ですよ、奥さん。思わず何度もスコアを見直してしまいましたよ。そんな・・・ウソだと言ってよバーニィ。
よく、英語の教材の宣伝で、「みるみる英語が上達します!」「ある日突然英語が聞こえてきます!」などと謳ったものがありますが、あえて言おう、カスであると・・・もとい、ウソであると!
大体、少年マンガじゃあるまいし、ある日突然秘められていたパワーが覚醒して、英語がペラペラになるとか、あるわけがないじゃないですか(それでも未だにちょっと期待している自分が恥ずかしい。)。そもそも、英語と日本語では、発声方法やリズムからして根本的に異なる(『英語舌のつくり方』(野中泉著)』参照)ので、聞くのも話すのも、日本語の発想を完全に断ち切らないことには、どうにも上達しません。
たとえば、ハリウッド映画で、外国人俳優が日本語を話すのを聞いていただければ分かると思いますが、意味が不明なところでセリフがぶつ切りで、がなりたてているようにも聞こえます。
先日も、テレビで「ラストサムライ」を放映していたので、何となく見ていたのですが、その中で、小雪演じる「たか」の荷物をトム・クルーズ演じる「オールグレン大尉」が代わって持つシーン、
小雪 「日本の男はこのようなことはいたしません。」
トム 「ワタシハニホンジ・・・(五秒ぐらいの間)・・・デハナイッ!」
小雪 「(なんのための間だったのかしら? 「では」ってそんなに大事なところ?)」
最後は自分の想像ですが、ともあれ、英語は、日本語と異なり、フレーズ単位で話し、子音が強く、一方で一定のリズム(子音母音子音母音・・・)や母音の強調がないので、日本語の感覚からすると相当の違和感を感じるし、聞き取るのも難しいわけです。(トム・クルーズが途中でセリフを忘れたのではないかという疑いもなくはない。)
ですので、ラストサムライでは、日本語も英語も話せる渡辺謙がいるからよいものの、もしトム・クルーズしかいなかったら、
トム 「ィマダゥ・・ッテ! ツゥ・・・ゲキダ!」(「今だ撃て!、突撃だ!」、と言いたいらしい。)
部下1 「えっ、何て言ったの今?」
部下2 「分かんねえ。お前、ちょっと、『もう一回言って下さい』ってお願いしてみろよ。」
部下1 「え、やだよ。こっち見て怖い顔してるし。ソーリーソーリー、えへへ。」
といった感じで、よく分かんないけど、とり合えず笑って誤魔化しとこ、みたいな微妙な雰囲気になること請け合いです。
(「こんなのサムライじゃねえよ。」というツッコミ、ごもっともです。)
もちろん、英語を聞き取るのも容易ではありませんが、逆にいえば、アメリカ人からすれば自分の英語もこのような違和感をもって聞こえている訳で、なかなか自分の英語が通じないのも道理です。
先日も、論文執筆についての授業があり、以前「授業中に積極的に発言はしないぜ!」と男らしく(?)誓ったところですが、さすがに教授に当てられると答えざるを得ません。各々が論文のテーマについて聞かれ、それに教授が色々と助言する、という調子で自分の番になり、「非規制的手法、いわゆる情報的手法や自主的手法を用いた気候変動問題への比較法的検討うんぬん」と得意げに話したところ、ちょっと困った顔で「え、うん、いいと思うわよ。頑張ってね。」(教授)・・・終わりかよっ。他のクラスメイトのときには一人当たり4~5分ぐらいコメントしてましたよね、先生?
おそらく、自分の英語がほとんど聞き取れなかったものと思料。他のクラスメイトもキョトンとしてましたし。ふん、日頃、何を話しているのか聞き取れずに苦労しているオレの気持ちが少しは分かったか?、と得意気な気持ちに。(色々と方向が間違っている気がしないでもない。)
ともあれ、英語が上達していない、ということであれば、なぜ、最初あれだけ苦労したアメリカ生活が、今ではそこまで苦でなくなったのか? という疑問が残ります。
もちろん、経験を積んで、会話がなくても、ある程度生活出来るようになった、ということもありますが、思うに、単純に「何を言っているか分からない」という状況に慣れた(というより諦めた)、というのが一番大きいように思います。
最初の頃は、英語が十分に聞き取れないと、「え、何て言った今? ヘタにYesと言ったら怖いし・・・でも聞き返すのも悪いし、一体どうすればいいんだ!」とパニック状態に陥ることもしばしばですが、だんだん、いい加減にイエスイエスといっても、そんなに問題になることはないと気付き、また、聞き直すことにも抵抗がなくなってきます。(アメリカは良い意味でも悪い意味でもテキトーなので。)
したがって、意識的に学ぶ意欲を持っていないと、アメリカで生活していても、英語力の向上はあまり見込めない、ということです。
人の夢と書いて、「儚い」とはよく言ったもので。
(続く)
生物多様性はなぜ必要か?
13 年前
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